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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2194号 判決

控訴人 日発汽工株式会社

右訴訟代理人弁護士 朴宗根

右訴訟復代理人弁護士 児玉幸男

被控訴人 滝野川信用金庫

右訴訟代理人弁護士 今井甚之丞

同 平山直八

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、(1)被控訴人が控訴人の取引金融機関であって、控訴人が被控訴人に対し昭和三九年八月三日現在で原判決添付目録記載甲、乙、丙、丁、戌、己の予金等債権合計金八四一万四〇一円及びこれに対する利息債権一六万五、三八九円(但しこれがいつからいつまでの分でその利率がいくばくであるかについては主張がない)を有していたところ、被控訴人が同日控訴人に対して両者間の当座取引契約解約の通知をしたこと、

(2)被控訴人が控訴人に対し手形貸付金債権金四〇〇万円及びこれに対する利息債権金四万五、八七一円並びに原判決添付債務目録記載のような割引手形不渡による手形買戻代金支払請求権合計金二四二万六、二〇〇円及びこれに対する利息債権金一万二、九〇二円を有していたことこれら利息金は昭和三九年一二月当時を基準とし、それまでのものであることは弁論の全趣旨により明らかである。)はいずれも当事者間に争がない。そして訴外日本バーダル株式会社から控訴人の預金口座に金一〇万円の入金(弁論の全趣旨によれば、その入金の日が昭和四〇年一月九日であることは明白であり、被控訴人も、その日がその主張する相殺の後であることを自認している)があったことは被控訴人の自認しているところであり、右自認は控訴人がこれを援用しているところからすれば、控訴人は本訴においてこれをも、前示債権とともに請求しているものと認めるべきものである(被控訴人が現に残存するものと自認している出資金一〇万円は控訴人主張の前記債権目録己の残、預金残一万七、七一一円は、控訴人主張の各種預金総額の残額であることは明らかである)。

二、〈証拠省略〉を綜合すると、(1)いずれも控訴人振出、荒川金属裏書にかかる甲第一号証(金額四八万五、〇〇〇円、振出日、昭和三九年三月二六日満期同年七月二六日支払地東京都豊島区、支払場所株式会社東京都民銀行池袋支店、振出地東京都足立区、同第二号証(金額二一万八、〇〇〇円、振出日同年四月二六日、満期同年八月二六日、その他は前同様)同第三号証(金額四〇万円、振出日同年五月二三日、満期同年九月二三日、その他前同様)同第四号証(金額五六万八、五〇〇円、振出日同年五月二七日、満期同年一〇月二七日、その他前同様)の各約束手形につき、被控訴人はそれぞれその所持人としてその満期に支払場所に呈示したがいずれも支払を拒絶されて、不渡となったこと、(2)被控訴人は、昭和三九年七月二五日、控訴人が負担すべき約の被控訴人主張のような登記費用金一万一、七三〇円を立替支払ったことが認められ、原審証人細見篤夫の証言中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人は三庄工業振出、控訴人第一裏書荒川金属第二裏書にかかる金額二〇万円及び五〇万円の約束手形二通を荒川金属から割引のため取得した旨主張し、〈証拠省略〉には、被控訴人の右主張にそう部分がある。しかし、被控訴人が右合計額全部を相殺に供する旨主張し、かりに右主張がその他の主張とともに理由あれば控訴人の有する債権はすべて消減し、控訴人の本訴請求は棄却されるべきにもかかわらず、右七〇万円のうち、右のように本訴請求が棄却されるに至らない金二八万九、八七六円しか相殺に供さず、しかも被控訴人は右金額しか主張しなかったことにつき合理的根拠も示さないから前示証人江原睦夫、若尾正彦の各証言中前示被控訴人の右主張にそう部分は措信し難く、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

従って、被控訴人は控訴人に対し前示(1)の約束手形四通合計金一六七万一、五〇〇円の債権及び同じく(2)の立替金一万一、七三〇円の請求債権を取得したというべきである。

三、(1)被控訴人は右一、二の反対債権をもって控訴人の一の債権と相殺した旨主張する。〈証拠省略〉によれば被控訴人が控訴人との取引にあたり締結した契約内容を定めた約定書の第八条は被控訴人主張のように意思表示を要せず相殺し得る旨又は当然相殺となることをあらかじめ合意した旨の規定ではなく、その第一項は期限のいかんにかかわらず相殺し得る場合のあることを規定したものであり、その相殺の方法についてはふれるところがないものであり、第二項は右相殺のできる場合にはこれに代えて銀行が取引先にかわって預金等の払戻しを受け、これを債務の弁済に充当し得ることを規定したものであることはこれらの文言上明らかであり、その他に被控訴人主張の如き趣旨での相殺を定めた条項はないから、被控訴人の意思表示をまたず相殺した旨の主張は失当である。しかし被控訴人はさらに意思表示によってした相殺をも主張するのでこの点について判断する。まず被控訴人の右相殺の意思表示をしたとの主張は、かかる意思表示をしなかったとの従前の自白を撤回したものであり、控訴人において右自由の撤回に異議を述べかつ時機におくれた攻撃、防禦の方法であるから却下すべきであると主張するところ、後記認定のとおり被控訴人が相殺の意思表示をしたことは真実であると認められ、従って右自白は錯誤に基くものと推認しうるから、被控訴人がこの点につき自白の撤回をしたとしても、これは許さるべきであり(弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右のように相殺の意思表示をしたと主張することにより、さきの自白が真実に反しかつ錯誤にもとずく故に右自白の撤回は許されるべき旨の主張をしたものと認めるのが相当である)、また本件審理の経過に徴すれば、被控訴人が右相殺の意思表示をした旨の主張をするにいたったのは、当審における口頭弁論終結のまぎわであったことは明白であるから、少くとも重大な過失により時機におくれてなされた攻撃、防禦の方法というべきであるけれども、被控訴人は右相殺の意思表示をしたとの主張を附加することにより、特にこの点につきあたらしい証拠調べを申請したのでもなく、従前の訴訟資料で判断し得るものとしてなされたものであって、訴訟の完結を遅延させる結果をもたらしたものとは認め難いので、控訴人の右主張はいずれも理由がない。しかして〈証拠省略〉並びに前記一、二に認定した事実及び当事者間に争のない事実を綜合すると控訴人は昭和三九年八月三日その振出にかかる手形の不渡を出したため、約旨によって期限の利益を失い、前記のとおり被控訴人は控訴人との取引契約を解除したのであるが、爾来被控訴人は控訴人に対しその決済を求めていたところ、被控訴人は控訴人との取引開始にあたり締結した前記約定書によれば必ずしも相殺の方法をもってする必要はなく、便宜控訴人にかわって預金等の払戻しを受けて債務に充当することもできたが、念のため相殺の方法によることにして、昭和三九年一二月末ころ控訴人の取締役細見篤夫を介して控訴人に対し、前示一、(1)の控訴人の被控訴人に対する預金・利息・出資金返戻金等債権合計金八五七万五、七九〇円につき、被控訴人の控訴人に対する前示一、(2)の手形貸付金、手形買戻代金、利息等の債権小計六四八万四、九七三円及び前示二の約束手形金、立替金等債権小計一六八万三、二三〇円以上合計八一六万八、二〇三円をもって、その対当額で相殺する旨の意思表示をしたこと及び控訴人もそのころ、これを諒承していたことが認められ、原審証人細見篤夫の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)控訴人は右相殺のうち控訴人振出の約束手形四通の手形債権をもってする分は、右手形を控訴人に交付しないでなされたものであるから無効であると主張するところ、〈証拠省略〉及び右(1)において認定した事実を綜合すると、前認定の相殺の意思表示がなされる前から、被控訴人は、控訴人との間で、右債権債務の決済につき折衝を重ね、互いに、前記各債権を了知していたところであったが、前示のとおり相殺の意思表示をなすさいには前記手形の割引依頼人(裏書人)であった荒川金属の代表者が行方不明であったため、同社と控訴人との関係を考慮して前示相殺に供した各約束手形は直ちに控訴人には交付せず被控訴人の手許に留保したのであるが、控訴人も当時これに対して格別の異議を述べず、右相殺と同時に手形を交付しないことにつき同意していたと認めるのが相当であり、原審証人細見篤夫の証言中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして手形の受戻証券性は、主として手形債務者の保護を目的とするものであるから、手形債務者が当該具体的場合においてこの利益をみずから放棄すること自体は無効とすべき理由はないから、手形債権による相殺の場合、右手形の交付を省略することを相手方が承諾すれば、右意思表示の時に相殺の効力を認めてさしつかえないものというべく、従って右認定の相殺の意思表示も結局その効力を有するというべきである。

もっとも〈証拠省略〉によると、前示相殺に供された甲第一ないし第四号証の各約束手形がその後、被控訴人から、控訴人ではなく、荒川金属に交付されたことが認められ、右決済を終った手形が控訴人に交付されず他に交付されたのはそれ自体過誤たるを免れないけれども、右は前示相殺の意思表示のなされた後のことであり、しかも荒川金属から控訴人に対して右手形にもとずく請求のあった場合(右証人荒川の証言によれば荒川金属はその請求をしていることがうかがわれる)はたして控訴人が二重払を強いられるかどうかは疑問であり、仮りになんらか不利益をこうむったとしてもそれは被控訴人の右過誤につき別個の法律関係を生ずるかどうかについて考えるべき問題でありすでに一旦生じた相殺の効力を左右すべきものではないから、右手形の交付先をあやまったことによっては前示結論には何らの消長もきたさないというべきである。

(3)そして〈証拠省略〉に右(1)(2)に認定した事実及び弁論の全趣旨をあわせれば、右取引の当初にあたり、控訴人と被控訴人との間において、相殺等によって差引計算をするときはその計算の時(本件では相殺の時)を基準としてそれまでの期間の利息、損害金等をも加算して決済することを特約していること(乙第一号証約定書第八条第三項)前記当事者双方の債権のうち少くとも被控訴人の債権の利息金は右相殺の時たる昭和三九年一二月末までの分を含むものであって、このことからすれば右相殺によって相互の債権債務は右約定に従い相殺時現在の全債権債務についてその対当額で消滅したものとしたと認めるのが相当であり(弁論の全趣旨によると、本件においては控訴人の期限の利益の喪失及び特約によりすでに取引解約時たる昭和三九年八月三日には相殺適状に達しているものと解されるのに、前記当事者間に争ない利息損害金が右相殺適状当時のものであることは当事者いずれからも主張がなく、むしろ被控訴人の債権の利息損害金は昭和三九年一二月末現在のものと認められること前記のとおりであることからすれば、被控訴人において右のような計算についての主張をしているものと解するのが相当である)、右合意による計算が少くとも当事者間では有効とすべきこともちろんである。従って、前示控訴人の被控訴人に対する債権中、金八一六万八、二〇三円については前示昭和三九年一二月末ころ当時において消滅し(なお充当の点については被控訴人において何ら主張、立証しないから、法定充当の規定によるべく従って前示控訴人の被控訴人に対する債権中、利息債権については消滅したこと明らかである)、金四〇万七、五八七円については、なお残存するというべきである(なお前示日本バーダル株式会社より入金の分については、その日が昭和四〇年一月九日であるから、右相殺については、何らの関係もないこと明白である)。

(4)以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求中、控訴人に対し有相殺による残存額四〇万七、五八七円と前示日本バーダル株式会社が控訴人の預金口座に入金した金一〇万円(これは入金と同時に支払期到来したものと解すべきである)との合計額五〇万七、五八七円及びこれに対する損害金(その起算日についてはすでに昭和三九年一二月末までの分は決済されたこと前記の如くであるから昭和三九年八月四日とすることはできず、とくに相殺後入金のあった日本バーダルからの金一〇万円については入金後に限るべきことは明白であるけれども、後記のとおり、右損害金については、控訴人の不服の範囲外であり、これを認めた原判決に対しては被控訴人から控訴も附帯控訴もないものであるから、当裁判所は特にこれについて、右部分を排斥することができないというべきである)を求める部分は理由があるけれども、金一九八万四、二〇一円(控訴人の本訴において求める金員、ただし損害金を除く)から右金五〇万七、五八七円を控除した金一四七万六、六一四円及びこれに対する昭和三九年八月四日から支払ずみまで年五分の損害金の支払を求める部分は理由がないというべきである。そして本件記録及び弁論の全趣旨に徴すると、原判決は、控訴人の本訴請求中、右理由のない部分を棄却したものであり、控訴人においても、この部分につき不服として本件控訴をしたと認めるのが相当である。

四、よって原判決中、控訴人の本訴請求のうち、金五〇万七、五八七円及びこれに対する昭和三九年八月四日から支払ずみまで年五分の金員をこえる部分の請求を棄却した点は相当であり、これに対する本件控訴は理由がない〈以下省略〉。

(裁判長判事 浅沼武 判事 上野正秋 柏原允)

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